ステーブルコイン普及戦略とJPYCの展望:日本のデジタル金融基盤を支える鍵
目次(論点整理)
-
ステーブルコインがもたらす可能性とメリット
2.1 決済インフラの改善・コスト低減
2.2 金融包摂性の向上
2.3 クロスボーダー送金・為替効率化
2.4 プログラム可能性・スマートコントラクトとの統合
2.5 金融主権・通貨選択肢の拡張 -
反対勢力・抵抗要因の構造
3.1 既得権益(銀行・決済業者)からの抵抗
3.2 租税逃れ・資金洗浄リスクをもつ勢力の反発
3.3 規制・法制度リスク・行政の慎重姿勢
3.4 信認リスク・利用者心理の抵抗 -
過去の失敗事例:UST/LUNA 崩壊の教訓
4.1 UST の設計と脆弱性
4.2 崩壊のメカニズム(ペグ崩落 → 過剰発行 → 死の螺旋)
4.3 崩壊後の波及・被害規模
4.4 その後の再建・教訓 -
現行主要ステーブルコイン(USDT/USDC等)の課題
5.1 準備金透明性・監査性の問題
5.2 銀行依存性・伝統金融ショックとの連動リスク
5.3 流動性リスク・取り付け騒ぎリスク
5.4 ガバナンス・集中性リスク
5.5 規制リスク・法令適合性 -
JPYCをはじめとする日本円ステーブルコインが直面する課題と展望
6.1 日本の法制度・許認可枠組み(改正資金決済法ほか)
6.2 国内導入・ユースケースの種づくり
6.3 信頼性設計(担保構造、透明性、監査、ガバナンス)
6.4 他通貨ステーブルコインとの競争と協調
6.5 将来の進化構想:ハイブリッド・モデル、CBDC 併存、法定通貨トークン化など -
リスク軽減・信頼強化のための設計指針
7.1 担保構成と流動資産保有比率の保守性
7.2 透明性・定期開示・第三者監査
7.3 流動性バッファ・清算手続き・流動性供給メカニズム
7.4 ガバナンス設計と分散化のバランス
7.5 規制準拠体制・AML/KYC 対応
7.6 非常時対応・準備金保全制度
本論
1. はじめに:ステーブルコイン普及の意義
暗号資産・ブロックチェーン技術が金融や決済インフラを刷新する可能性を秘めているという議論は、すでに広く知られています。しかし、ビットコインやイーサリアムといった価格変動が大きい通貨では、日常決済や価値の保存手段としては実用性に限界があります。この点で、「ステーブルコイン(stablecoin)」は、価格が法定通貨または他の価値基準にペグ(連動)されることを通じて、暗号資産の利便性と法定通貨的な安定性を統合しようとする仕組みです。
ステーブルコインが適切に機能すれば、暗号資産のボラティリティを回避しつつ、ブロックチェーン上での迅速な送金、スマートコントラクトとの統合性、国際送金の効率化などを実現できます。それゆえ、JPYC のような日本円ステーブルコインが普及すれば、日本国内のデジタル金融エコシステムの基盤インフラとして機能し得ます。特に、金融包摂や地方・零細事業者・国際小口送金など、既存金融インフラが十分に手が届かない領域での可能性が大きいと考えられます。
ただし、ステーブルコインが普及するには、単に技術的・プロトコル的に「安定する」だけでは不足であり、信認(利用者から信頼されること)、透明性と監査性、法制度整合性、流動性確保、非常時対応設計など、実運用での堅牢性が不可欠です。本稿では、これらを俯瞰しながら、過去事例・競合コインの課題を交えて、JPYC を含むステーブルコイン普及戦略の論点を整理していきます。
2. ステーブルコインがもたらす可能性とメリット
以下に、ステーブルコインが広く受容されることで得られる主なメリットを整理します。
2.1 決済インフラの改善・コスト低減
-
ブロックチェーン上での決済プロセスは、仲介者(決済処理会社、決済ネットワーク、銀行インターチェンジ網など)を介さずに実行可能なため、中間手数料を削減できる可能性があります。特に、業界間の送金(法人間取引、サプライチェーン取引、B2B 決済)において、ブロックチェーン決済が効率をもたらす余地は大きいでしょう。
-
即時決済性を確保できれば、決済確定時間の遅延を回避できます。銀行振込(特に国際送金)では決済確定(送金反映)に数時間から数日を要することがありますが、ステーブルコインでは数分以内、あるいは数十秒での取引反映も可能です。
-
決済の「モジュール化」が可能となります。すなわち、アプリ・サービス・プラットフォームがステーブルコイン支払いモジュールを組み込むことにより、決済機能を迅速に内包できるようになります。これが普及すると、ウォレット・決済ゲートウェイ事業者の低参入障壁化を促します。
2.2 金融包摂性の向上
-
銀行口座を持たない人、銀行支店が乏しい地方・途上地域、または伝統金融サービスへのアクセス性が低い人々にとって、ブロックチェーンベースのステーブルコインは「ノンバンク」な入口として機能し得ます。
-
スマートフォンとインターネット接続があれば、誰でもウォレットを持て、ステーブルコインでの受け取り・送金が可能となります。この性質は「銀行口座レス」な金融アクセスを提供し得ます。
-
マイクロペイメント(小額決済)が現実味を帯びるようになります。従来のクレジット決済や決済ネットワークでは、手数料構造上、小額決済が割高になりがちですが、ステーブルコイン基盤では極小額でも決済を成立させやすくなります。
2.3 クロスボーダー送金・為替効率化
-
国際送金における仲介銀行コルレスチャージ、為替コスト、決済遅延を大幅に抑制できる可能性があります。例えば、海外送金で日本円 → USドル → 受取国通貨といった多段為替チェーンや中継銀行を介する複雑構造を簡略化できます。
-
複数国間のステーブルコイン(例えば、円ペグ・ドルペグ・地域通貨ペグなど)を結ぶネットワークが整備されれば、直接交換性・アービトラージ性を活用して効率的な為替仲介インフラとして機能する可能性があります。
-
為替ショック・通貨変動リスクをヘッジする手段として、特定通貨ペグ型ステーブルコインが使われやすくなります。
2.4 プログラム可能性・スマートコントラクトとの統合
-
ステーブルコインはブロックチェーン上のトークンとして発行されるため、スマートコントラクトや DeFi(分散型金融)エコシステムと直接統合できます。例えば、売買契約における自動決済、担保デリバティブ、自動貸借、循環型支払いなどが可能です。
-
金融構造をコード化できるため、信託契約や自動利息支払い、アセットトークン化(証券・不動産の一部化)などへの応用も広がります。
-
決済と契約の統合が進むことで、従来の金融インターフェース(銀行 → 決済 → 投資 → 融資)の段差が縮まり、「資金の流動性・効率性」が強化され得ます。
2.5 金融主権・通貨選択肢の拡張
-
日本円ステーブルコイン(例えば JPYC)が普及すれば、国内デジタル金融市場において「ドルステーブルコイン(USDT/USDC 等)」に対する選択肢が提供され、日本の金融主権を強化できます。実際、日本では 2025 年8月18日に JPYC が初めて第二種資金移動業者として登録(関東財務局長 第00099号)されたと報じられています。Lexology
-
海外依存を軽減しつつ、地域内のデジタル通貨連携(例えばアジア太平洋域のデジタル通貨協調)において、円ペグ通貨が橋渡し役になる可能性があります。この記事でも指摘されているように、JPYC の導入は「日本の金融主権を強め、国内外の資本フロー制御に資する」と期待されています。The Diplomat
-
将来的には、CBDC(中央銀行デジタル通貨)や法定通貨トークン化との併存体制を構築する際、ステーブルコインの設計・運用経験が役立つ可能性があります。
これらが実現すれば、金融インフラの刷新とデジタル金融エコシステムの基盤強化に資する可能性があり、JPYC のような円ステーブルコイン普及活動は、まさに国のデジタル金融競争力と市民サービスインフラの基盤構築を担う重大なプロジェクトになり得ます。
3. 反対勢力・抵抗要因の構造
ステーブルコイン、特に既存金融・決済インフラを部分的に置き換え得る技術には、以下のような反対勢力・抵抗要因がつきまといます。
3.1 既得権益(銀行・決済業者)からの抵抗
-
銀行業界・決済インフラ事業者(クレジットカード会社、決済ゲートウェイ、SWIFT ネットワーク事業者など)は、ステーブルコイン普及に伴う手数料競争・仲介機能の減殺を懸念します。特に、決済手数料や為替仲介手数料がステーブルコインによって代替されると、これら仲介機関の収益が侵食されるリスクがあります。
-
規模が大きな既存機関(メガバンク、決済ネットワーク運営者等)は、技術標準設計やインターフェース統制、ガバナンス構造などで優位を保持しようとする可能性があります。ステーブルコインプロジェクトが中央集権寄りになれば、これら既存勢力が参画・支配を目指すケースも考えられます。
-
預金流出・資金移動リスク:ステーブルコインの普及により、従来銀行預金から資金が流出し、銀行の流動性・貸出余力を圧迫する懸念を持つ金融機関もあるでしょう。特に短期資金流動性が重要な銀行にとっては、資金源が不安定化する懸念があるかもしれません。
-
規制保護欲求:銀行業界は通常、強い規制保護を背景にしており、ステーブルコインのような新興決済手段に対して「同等の規制負担」を要求したり、参入障壁を設けたりする動きをする可能性があります。
3.2 租税逃れ・資金洗浄リスクをもつ勢力の反発
-
ステーブルコインが広く使われると、匿名性や流動性の高さを利用した租税回避、マネーロンダリング、資金洗浄、犯罪資金移動がより容易になり得るという懸念があります。これらの活動をしてきた勢力は、ステーブルコイン普及に対して当然反発する動きがあるでしょう。
-
特に、資金の匿名性・可変性が高いトークンの移動を制限したい規制当局・金融庁・税務当局などが、抑制的な姿勢を取る可能性があります。これが、立法・規制整備段階での逆風になり得ます。
3.3 規制・法制度リスク・行政の慎重姿勢
-
ステーブルコインは金融と法定通貨に密接に関わる性質を持つため、既存の銀行法、金融商品取引法、資金決済法、外為法など複数法制度と交錯します。これらの法律適用範囲をどう定めるか、曖昧性を残すか/明確化するかで制度リスクが大きく変わります。
-
規制設計者(金融庁・日銀・財務省など)は、金融安定性リスク、銀行からステーブルコインへの資金流出、システムリスク、支払い基盤の二重化による混乱などを懸念するため、導入に慎重姿勢を取りがちです。
-
また、金融監督・機関の権限拡張を図る動きがあるかもしれません。たとえば、ステーブルコイン発行事業者に対して銀行並み規制・準備金要件・自己資本規制・リスク管理規制などを課す動きが出てくる可能性があります。
-
国際協調・規制調和:ステーブルコインは国際取引を想定しやすいため、他国との法令整合をどう取るか(特に米国、欧州、アジア諸国)という課題もあります。国際的な規制統一が進まぬまま国内だけで進めるのはリスクがあります。
3.4 信認リスク・利用者心理の抵抗
-
多くの人々は、「暗号資産=投機・詐欺リスクあり」というイメージを持っており、ステーブルコインもその傘下と見なす傾向があります。この「心理的ハードル」を乗り越えなければなりません。
-
「安定性」自体が厳しく問われます。もしステーブルコインがペグを外す、暴落する、償還できないといった事態が一度でも起きれば、信頼は一気に崩れます。
-
利用者保護の問題:ステーブルコイン発行者が破綻・不正を起こした場合、利用者をどう保護するか(準備金の保全、償還不能時の救済制度など)が明示されていないと、一般利用者にとって導入障壁が高いです。
-
UX(ユーザー体験)・利便性:ウォレット操作性、決済手数料、入出金手順、連携事業者網など、使いやすさが普及には不可欠です。利用ハードルが高ければ、普及速度は遅くなります。
これらの反対・抵抗構造を乗り越えるには、制度整備、透明性設計、安心保証制度、ユーザー保護策、利用者教育、ステークホルダー調整が不可欠です。
4. 過去の失敗事例:UST / LUNA 崩壊の教訓
ステーブルコイン設計の試金石とも言われる UST/LUNA の破綻事例は、様々な教訓を我々に突き付けています。以下にその概要と論点を整理します。
4.1 UST の設計と脆弱性
-
UST(TerraUSD)は、担保型の法定通貨準備金を持たない「アルゴリズム型(seigniorage 型)」ステーブルコイン設計を採用していました。具体的には、ユーザーが 1 UST を発行/償還する際、対応する価値の LUNA(Terra ネイティブトークン)を焼却または発行するという交換メカニズムで需要供給を制御する構造です。ハーバード法学フォーラム
-
さらに、UST の普及を加速するために、DeFi プロトコル「Anchor」が UST を預け入れることで高利回り(19.5%程度)を与えるインセンティブを提供しました。これは、UST 流動性を高め、利用を拡大するための施策の一つでした。
-
しかし、この高金利保証は持続可能性を欠いており、UST の発行増加と共に補填財源が枯渇するリスクが高まりました。
-
また、UST/LUNA 間の交換レート制御がペグ防衛の主たる手段であったため、外部ショックや資金流出(売り圧)に対して非常に脆弱でした。
4.2 崩壊のメカニズム(ペグ崩落 → 過剰発行 → 死の螺旋)
-
2022年5月初旬、UST のペグがわずかにずれ始め(1 UST が 1.00 USD を割る場面)、流動性プールや取引所での売り圧が強まりました。MIT Sloan
-
投資家がペグ離脱を察知して UST を売却すると、UST を担保に LUNA を発行して交換する構造が逆回転を引き起こしました。すなわち、UST を償還するために LUNA を大量に発行 → 市場供給過剰 → LUNA 価格が暴落 → さらに UST を償還して逃げる → 「死の螺旋(death spiral)」という負の連鎖に陥りました。
-
さらに、Anchor を通じた UST 預金者による一斉引き出し(ラン)も加速要因となりました。
-
また、ペグ防衛を図るために、LUNA 財団はビットコインなどの資産を売却してペグ買い支えを試みましたが、需要に追いつかず、逆に信認崩壊を加速させました。
-
結果として、UST は 1 USD を大きく割り、LUNA は事実上価値を失い、プロジェクト全体が崩壊しました。
4.3 崩壊後の波及・被害規模
-
崩壊は暗号資産市場全体に波及し、多くのプロジェクト・借入ポジション・DeFi 構造が破綻。被害総額は数百億ドルに及んだとする報告もあります。CoinDesk
-
多くの投資家が資金を失い、一般利用者・個人投資家の信頼が大きく揺らぎました。
-
また、暗号資産・ブロックチェーンプロジェクトにおける「ステーブルコイン不信」も高まり、以降設計手法の見直し(担保型への回帰、ハイブリッド型設計、透明性強化など)が進むきっかけとなりました。
4.4 その後の再建・教訓
-
Terra は後に LUNA をリブランディングして Terra 2.0 を立ち上げましたが、ステーブルコイン機能を撤回するなど、アルゴリズム型ステーブルコインへの投機的信頼は低下しました。Corporate Finance Institute
-
後続のステーブルコイン設計では、過剰な利回り誘導はリスクを含む、透明性・準備金保全、流動性バッファ設計、ガバナンス・清算設計などが重視されるようになりました。
-
崩壊の最大の教訓は、信認基盤を担保できない設計や 流動性リスクに耐えられない運用構造 は致命的であるという点です。
5. 現行の主要ステーブルコイン(USDT/USDC 等)の課題・懸念
UST/LUNA のような極端な崩壊は起きていませんが、USDT(Tether)、USDC(Circle)など既存主要ステーブルコインにも、設計上・運用上のリスクや懸念点が残っています。以下にその主要論点を挙げます。
5.1 準備金透明性・監査性の問題
-
USDT(Tether)は、当初「100%ドル準備金で担保されている」と主張していましたが、過去に準備金の透明性・監査性が問題視されたことがあります。実際、米商品先物取引委員会(CFTC)は Tether に対して過去の開示不備を理由に罰金を科したことがあります。World Economic Forum
-
Tether は四半期ごとの準備金報告を出すようになりましたが、完全な第三者監査報告書を定期的に公表していないとの批判もあります。ウィキペディア
-
S&P Global は Tether のドル維持能力について制約を指摘し、担保構成・カウンターパーティ・銀行口座の保管先といった不透明性を懸念しています。Investopedia
-
USDC は比較的透明性が高いと評価され、毎月の準備金開示および一部の準備金監査報告を出していますが、それでも「完全監査報告書」・「リアルタイム準備金証明」などを求める声は残ります。
-
2023年、USDC はその準備金の一部をシリコンバレーバンク(SVB)に預けていたことが発覚し、SVB 崩壊時に USDC の価格が一時 0.87 USD に下落するという事態を招きました。ウィキペディア この事件は、ステーブルコインが伝統金融ショックにどれだけ晒されうるかを示す象徴的事件となりました。
-
さらに、最近の研究では、USDT/USDC のようなステーブルコインにおいて、透明性が高すぎることがかえって流動性リスクを誘発する可能性を指摘するものもあります(例:USDC の報告頻度がショック時に迅速反応を招き、流動性低下を加速させたとの分析)。arXiv
5.2 銀行依存性・伝統金融ショックとの連動リスク
-
ステーブルコインの準備金が銀行預金・銀行マネー・短期国債・債券・MMF(マネーマーケットファンド)など伝統金融商品の形で保管されていることが多いため、銀行破綻・金融ショック・信用リスクの影響を免れません。USDC 事件がその典型例です。
-
もし準備金が預金保険制度の対象外銀行預金であれば、銀行倒産時のリスクを直接被ることになります。
-
また、ステーブルコインが大規模化すれば、銀行・金融システム全体との連鎖リスクを内包するようになる可能性があります。
5.3 流動性リスク・取り付け騒ぎリスク
-
ステーブルコイン利用者が一斉に償還を求める「バンク・ラン(取り付け騒ぎ)」に直面した場合、準備金の流動性・清算速度が十分でないと償還不能やペグ崩れが発生するリスクがあります。特にショック時には、準備金が流動性変動を被る可能性があります。
-
ステーブルコイン設計では、償還需要を想定し、流動性バッファ(準備金とは別の流動的資産)を設置することが推奨されますが、実運用で十分なバッファを保つかどうかはケースバイケースです。
-
また、ステーブルコイン同士の取引ペア、AMM(自動マーケットメーカープール)における流動性供給者の構造、流動性集中性なども流動性リスクを左右します。
5.4 ガバナンス・集中性リスク
-
多くのステーブルコイン発行体は中央集権的な構造を持ち、発行体/準備金管理体/運営組織が強い裁量を持っています。この中央依存性は、運営上の不正・誤操作リスクを増加させます。
-
発行構造(誰が発行可能か、償還可能か、ガバナンス権限者は誰か等)が集中しすぎていると、発行体に対する依存性が高くなり、利用者にとって不安要素となります。
-
また、政策変更・準備金構成変更・運用方針変更等において、利用者・投資家との利害調整が難しくなる可能性があります。
5.5 規制リスク・法令適合性
-
ステーブルコイン発行体・運営体は、発行量規制、準備金要件、自己資本規制、レバレッジ規制、AML/KYC 規制、証券性の判断、決済サービス事業認可など、規制適合性リスクに直面します。
-
各国規制の変化、税制変更、国際的規制強化(FATF、欧州 MiCA 規制、米国 GENIUS 法案など)などがステーブルコイン発行体のビジネスモデルを突如揺さぶるリスクを孕みます。実際、米国では GENIUS 法案や STABLE 法案などステーブルコインを明示的に規制する立法措置が議論されています。Cointelegraph
-
また、中央銀行・金融監督当局がステーブルコイン発行体に対して銀行並みの規制を課そうとする動きも観察されつつあり、規制強化の動向に注視が必要です。
6. JPYC をはじめとする日本円ステーブルコインが直面する課題と展望
ここからは、特に日本円ステーブルコイン(JPYC 等)を念頭に置き、普及を目指す際の課題・リスク、そして可能性を論じます。
6.1 日本の法制度・許認可枠組み(改正資金決済法ほか)
-
日本では 2023 年の支払手段改正・資金決済法改正により、ステーブルコイン発行には一定の許認可制度が導入される流れが生まれました。Cointelegraph
-
ただし、制度設計はまだ実運用が成熟しているとは言えず、発行主体(銀行、信託銀行、資金移動業者等)に限定的枠が設けられている可能性があります。例えば、日本では「銀行/資金移動業者(第一種・第二種・第三種)/信託会社(信託銀行を含む)」のみがステーブルコイン発行を許可されるといった案が報じられています。Cointelegraph
-
ただし、発行主体・担保管理・償還義務・準備金保全・監査義務・情報開示義務などの制度設計は詳細がこれから定まる段階であり、これらが流動的である点はリスク要因となります。
-
また、税制面でも暗号資産(=仮想通貨)所得課税扱い、キャピタルゲイン課税、送金税制、消費税適用可否などの論点があり、税務当局との整合性確保が必要です。JPYC を論じた記事でも「税制改革」「暗号資産を金融商品扱いとする議論」などが焦点とされています。The Diplomat
6.2 国内導入・ユースケースの種づくり
-
ステーブルコインが日常的に使われるには、小売・飲食・ネット通販・公共料金支払い・交通料金等で受け入れインフラを整備する必要があります。QR 決済・POS 決済端末・オンライン決済ゲートウェイ連携など、現実の事業者との協調が不可欠です。
-
特に、地方自治体・NPO・地方商店街・中小企業との実証実験導入が鍵となります。地域通貨的役割、マイクロペイメント導入など小規模利用向けユースケースから拡張を図る戦略が考えられます。
-
企業間決済・請求書決済・B2B 決済での導入も重要です。これにより決済サイクル短縮、手数料低減、キャッシュフロー効率化が期待されます。
-
クロスボーダー送金分野での導入も視野ですが、まずは国内インフラの強化が先決でしょう。
-
ステーブルコイン発行体自身がウォレット提供・決済ゲートウェイ提供・加盟店誘致までを包括する「ステーブルコインエコシステム事業体」として動く可能性があります。
6.3 信頼性設計(担保構造、透明性、監査、ガバナンス)
-
JPYC 等日本円ペグ型ステーブルコインは、法定通貨または国債など安全資産を担保とする完全準備金型(1:1担保)設計が標準的になります。報道でも「日本円ステーブルコインは銀行預金・日本国債等で 1 対 1 担保する見通し」と述べられています。Cointelegraph
-
担保資産の安全性・流動性・分散性をどう設計するかが鍵です。現金・預金・国債・MMF 等の流動性が高い資産を中心に据える必要があります。
-
透明性確保のため、定期的な準備金開示・第三者監査・保管先公開・保険付き準備金制度等を導入すべきです。可能ならば、リアルタイム証明(オンチェーン証明)やセキュアオラクル等を活用した準備金証明手法も検討に値します。
-
ガバナンス体制:発行者、監査機関、準備金管理体、清算調整機構などの権限分散と説明責任を設計する必要があります。ユーザー保護を担保するため、準備金運用方針変更時には利用者投票・公開プロセスを設けるなど透明な制度設計が望まれるでしょう。
-
償還・清算設計:償還請求に対する対応手順、清算速度制約、償還額の制限、流動性バッファ供給、救済条項などを前もって定めておくことが重要です。
6.4 他通貨ステーブルコインとの競争と協調
-
円ペグステーブルコインは、既に存在感を持つドルペグ(USDT/USDC 等)や他通貨ステーブルコインと「競争」する必要があります。ただし、競争だけでなく協調関係(交換可能性、流動性接続、ブリッジ流動性など)を構築すれば互恵関係も可能です。
-
既存ドルステーブルコインのネットワーク効果・流動性を活かしつつ、円ステーブルコインが差別化要素(法制度適合性・国内金融主権・日本人利用者の利便性など)を強めて行く戦略が重要です。
-
交換性インフラ(例えばステーブルコイン間交換プール、決済ブリッジ、AMM 流動性プール、オンチェーン交換(DEX、AMM)連携など)を設計・整備する必要があります。
6.5 将来の進化構想:ハイブリッド・モデル、CBDC 併存、法定通貨トークン化など
-
将来的には、ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨(CBDC)や法定通貨トークン化(トークン化預金、トークン化国債など)が併存するハイブリッド金融システムが現実味を帯びてきます。最新の研究では、ハイブリッド貨幣生態系(Hybrid Monetary Ecosystems) モデルが提案されており、ステーブルコイン発行者が中央銀行準備性を持つ方式や、ステーブルコイン準備金の一部を中央銀行預金化するモデルなどが議論されています。arXiv
-
日本円ステーブルコインと日銀発行のデジタル円(将来導入時想定)との整合性設計(相互交換、決済ネットワーク共有、スマートコントラクト相互運用性など)が、制度設計上大きなテーマとなります。
-
また、他アセット(たとえば現物資産、不動産、証券)を担保にしたステーブルコインや、部分担保+アルゴリズム併用のハイブリッド型モデルも将来の選択肢として検討する価値があります。
7. リスク軽減・信頼強化のための設計指針
ステーブルコイン(特に JPYC のような円ペグ型)を普及させる上で、リスクを抑え、信認を得るために押さえておくべき設計・運用上の指針を以下に示します。
7.1 担保構成と流動資産保有比率の保守性
-
担保資産は流動性が高く、安全性の高い資産を中心とすべきです。例えば、現金預金、国債、短期国債、短期政府証券、流動性の高いMMF や高格付け債券など。
-
担保資産比率を 1:1 を下回らないよう余裕を設け(過剰準備金比率を確保)、変動率を考慮した保守設計を行うべきです。
-
担保資産は分散して複数の銀行・保管機関に分散保管し、単一機関リスクを低減すべきです。
-
担保運用ポリシー(利回りの追求 vs リスク回避)を明示し、保守的運用を優先する設計とすることが信認を高めます。
7.2 透明性・定期開示・第三者監査
-
定期的な準備金報告(例えば四半期・月次)を行い、資産構成・運用状況・償還状況などを開示すべきです。
-
第三者監査法人による準備金監査報告書を公開し、可能ならば外部証明(例えば公開型保証、受託報告、証拠保全など)を組み入れるべきです。
-
保管先(カストディアン)、会計処理方式、保管評価方法なども明記し、透明性を高めるべきです。
-
発行量、償還量、償還対応遅れ実績、取引量データ、流動性指標(流動性プール残高、スプレッドなど)なども公開すべきです。
-
将来的には、オンチェーン証明(例えば部分準備金の一部をオンチェーンで可視化、オラクル証明、ゼロ知識証明方式など)や、スマートコントラクトによる準備金証明方式を組み込むことも検討できます。
7.3 流動性バッファ・清算手続き・流動性供給メカニズム
-
償還請求に備えるため、通常準備金とは別に流動性バッファ(すぐ現金化可能な高流動性資産)を保有しておくべきです。
-
償還請求が集中した場合には、清算手続き(償還リクエストの段階的処理、法令の範囲内での一時的オペレーション調整、優先権制御、流動性供給メカニズムなど)を含む設計が必要です。
-
市場流動性供給者(マーケットメイカー、AMM プール、流動性プロバイダー)との契約設計、インセンティブ設計も重要です。
-
また、「貸借機能付きステーブルコイン設計」や「流動性供給プロトコル併設設計」などにより、流動性ショック耐性を高めるアプローチもあります。
7.4 ガバナンス設計と分散化のバランス
-
発行体・運営機関・準備金管理体・清算体・監査機関などの権限分散と説明責任設計が必要です。
-
大きな方針変更には利用者投票またはガバナンス透明プロセスを設けるべきです。
-
権限集中を避けつつも運用効率を保つバランス設計が求められます。例えば、一定規模以下の運用調整は自動化/運営判断可能とし、大きな構造変更はガバナンス承認を必要とするなどの階層設計。
-
利用者代表・独立委員会・外部監督機関などを設け、発行体の恣意的操作を牽制する仕組みを構築することが望まれます。
7.5 規制準拠体制・AML/KYC 対応
-
発行者・運営者は、資金決済法、金融商品取引法、銀行法、租税法等に準拠する必要があります。
-
利用者向けには KYC(本人確認)/AML(資金洗浄防止)/CFT(テロ資金供与対策)対応を徹底することが信認を得る上で不可欠です。
-
国際送金・海外利用を想定する場合には、各国の規制・制裁リスト対応、相互承認、クロスボーダー制約対応も必要です。
-
発行者は自己資本規制、リスク管理体制、内部監査体制、リスク適正開示義務、要履行保証額の100%保全(供託・信託・保証金契約等)などを整備すべきです。
7.6 非常時対応・準備金保全制度
-
発行者が破綻・不正事案を起こした場合の利用者救済制度(準備金預託保全、保険制度、優先弁済、清算体制など)を事前に設計しておくべきです。
-
非常時(急激な償還要求、ショック時ペグ離脱傾向など)に備えて、身動き可能性を残すためのリスク管理ツール(例:法令の範囲内での一時的オペレーション調整、手続き上の運用、流動性ショック時対応プロトコルなど)を設けることも検討価値があります。
-
シナリオストレステスト(ショックケース、暴落ケース、銀行破綻ケースなど)を定期的に行い、その結果を公開して信認を高めることが望ましいです。
8. 結論と提言:ステーブルコイン普及に向けて我々ができること
ステーブルコインは、ブロックチェーン技術と法定通貨価値の融合を目指すものであり、適切に設計・運用されれば、金融インフラ刷新・デジタル経済推進・金融包摂拡大に大きな力を発揮し得ます。JPYC のような日本円ステーブルコインが普及すれば、日本のデジタル金融エコシステム基盤の一角を担う存在となるでしょう。
ただし、その実現には多くの課題が横たわっており、既得権益勢力(銀行・決済業者など)・租税回避勢力・規制当局・利用者保守心理といった反対要因を戦略的に乗り越える必要があります。過去の UST/LUNA 崩壊事例は、安易な設計(過剰利回り誘導、流動性脆弱設計、信認構造不備等)が命取りになることを痛切に示しています。
USDT/USDC といった現行ステーブルコインも、透明性、銀行依存性、流動性リスク、ガバナンス・集中性リスク、規制リスクなどの課題を抱えており、完全無謬とは程遠い状況です。
それゆえ、JPYC のような日本円ステーブルコインプロジェクトが信頼性を得て普及していくためには、上述の設計・運用指針(担保の保守性、透明性・監査、流動性バッファ、ガバナンス設計、規制順守体制、非常時対応等)を丁寧に実装していくことが鍵となります。また、実社会利用者を獲得するユースケース構築・加盟店誘致・提携インフラ整備を進め、信頼実績を積み重ねることも不可欠です。
最後に、普及促進を志す立場としての提言を列挙しておきます:
-
パブリック・エデュケーション:ステーブルコインとは何か、リスクは何か、どう安全に使えるかを一般市民に対して丁寧に説明・教育する活動が重要です。「暗号資産=怪しいもの」というイメージを和らげ、安心感を醸成することが普及には不可欠です。
-
協調関係構築:銀行・決済業者・カード会社・FinTech 企業・地方自治体・商店街・地域インフラ業者などとの協調・連携を積極的に構築し、ステーブルコインが既存インフラと共存・補完できる姿を示すべきです。
-
段階導入・実証プロジェクト:まずは限定地域・限定業種で実証を重ね、運用実績と信頼を積みながら段階的に拡大する方式が現実的です。
-
規制当局との対話・ロビー活動:金融庁・日銀・財務省との対話を通じ、適切な制度枠組み・ガイドライン整備を共創する姿勢が求められます。規制リスクを最小化することが普及加速の鍵となります。
-
信認保証設計:保険制度・準備金保全制度・要履行保証額の100%保全や保険等による利用者保護など、利用者保護策を積極的に設け、信頼設計要素を打ち出すべきです。
-
透明性アピール・監査公開:準備金報告・監査報告・運用実績・償還実績データを可能な限り公開し、透明性を担保して利害関係者の信頼を獲得することが重要です。
-
ショックシナリオ準備:ストレステスト・レジリエンス設計(フェイルセーフ/フォールバック)、監督当局と整合した非常時オペレーション、流動性バッファ制度などを事前に設計し、非常時対応計画を整備しておくことがプロジェクトの頑強性を高めます。
-
継続的改善とフィードバック:導入後の運用データを基に設計修正・改善を重ね、利用者・加盟店・監督当局からのフィードバックを反映する体制を作るべきです。
ステーブルコインは、まだ発展途上の分野ですが、正しく設計され、信頼性を備えたモデルが確立されれば、金融インフラの次世代基盤となる可能性を秘めています。JPYC のような日本円ペグステーブルコインが、その先鞭となり、国内外でのデジタル資産エコシステム構築に貢献できるよう、今後とも応援と議論を重ねていきたいと思います。






